映画『ライフ・オブ・パイ』感想・考察 ~嘘か真か?”ラスト20分”で鑑賞前のイメージが大きく変わる作品~

映画レビュー
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圧倒的な映像美と、生きることとは?という極限の問いかけを投げかけてくる作品ーーそれが、本作『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(以下、『ライフ・オブ・パイ』)を視聴した感想です。
私は動画配信サービスを通して視聴したのですが、これほど圧倒的な映像描写を映画館で観られたらどれほど良かっただろう…と思ったほど、とにかく映画としての画が美しく圧倒されるものでした。

また、先に述べたように映像面だけでなく、ストーリーも非常に深いテーマを扱っています。
私が本作を視聴してみたきっかけは、ただ単にネコ科動物が好きだからという個人的な趣味からくるものだったのですが苦笑
いざ観終わってみると、その程度の甘い気持ちで視聴したことを後悔させられたほど考えさせられた物語でした。

今回は、そんな『ライフ・オブ・パイ』についての紹介と感想記事です。
先に一言申し上げておきますと、普段ネタバレは見てしまっても平気だという方であっても絶対に今作のネタバレは見ない方が良いです。
最後の最後にあっと驚く後日談があるのですが、是非とも初見での驚きを味わっていただきたいので…。

『ライフ・オブ・パイ』あらすじ

カナダ人作家のヤン・マーテルが2001年に発表し、ブッカー賞を受賞した世界的ベストセラー小説「パイの物語」を、「ブロークバック・マウンテン」「ラスト、コーション」のアン・リー監督が映画化。
乗っていた貨物船が遭難し、一匹のトラとともに救命ボートで漂流することになった少年パイのたどる運命を描く。

1960年インド・ポンディシェリに生まれた少年パイは、父親が経営する動物園でさまざまな動物たちと触れ合いながら育つ。
パイが16歳になった年、両親はカナダへの移住を決め、一家は動物たちを貨物船に乗せてインドをたつが、洋上で嵐に遭遇し貨物船が沈没。
必死で救命ボートにしがみついたパイはひとり一命を取りとめるが、そこには体重200キロを超すベンガルトラがいた。

映画.comより引用


キャスト……スラージ・シャルマイルファン・カーンレイフ・スポールジェラール・ドパルデュー 他

物語は、インド人男性パイ・パテルが自らの少年時代を振り返り、取材目的で訪ねてきた小説家に語り掛けるという形式で進んでいきます。

主人公のパイは動物園を経営する父の元で動物たちに囲まれて育ちました。
小さな頃から泳ぎと数学が得意で、青年期には音楽の趣味を持つようになる、好奇心旺盛で聡明な少年でもありました。
しかし、そんな彼の最も特筆すべき点は、ヒンドゥー教・キリスト教・イスラム教の三つの宗教を信仰していたことでしょう。
幼い頃からインドの中でもフランス領にある地で育ち、多様な価値観や風習に囲まれて育ったパイは、三つの宗教に対して分け隔てない考えを持っていたのです。
そんな彼に対し、保守的な考えを持つパイの兄や父は懐疑的な目で見ていました。

そんなある日、家庭の事情から動物園を売りに出すことにしたパテル一家は、動物たちを連れてカナダへ移住することにします。
その移住の旅の最中、乗っていた貨物船が嵐に巻き込まれたことにより、パイの運命は大きく変わることになってしまったのです…。

冒頭の40分を乗り越えれば…

ここまであらすじを書かせていただきましたが、本作はタイトルに”漂流”と銘打っておきながら、冒頭の40分程はひたすら「パイ」の幼少時代のエピソードが淡々と述べられることに終始しているだけです。
正直、いつになったら漂流するんだろう、と飽きてしまう方もいらっしゃるでしょう。(というか、私がそうでした。汗)

ただ、全て観終わってから改めて振り返ると、この冒頭の40分は「パイ」という少年のパーソナリティーを掘り下げる、非常に重要な過程だったんですよね。
多様な価値観や風習の残る、インドだけどフランスに近い場所で生まれ育ったことも。
父の親友から泳ぎを教わったことも。
パイ、という愛称の由来も。
何より、この映画のもう一人の主人公といえる、ベンガルトラの「リチャード・パーカー」とのファーストコンタクトもまたこの40分の中で描かれています。
(リチャード・パーカーは本当はハンターの名前でトラの名前は実は別にあったのですが、手続きのミスで入れ違いになってしまったというエピソードも語られます)

確かに初見時は少々退屈できつい時間かもしれませんが、映画全体として重要な描写であると言えるでしょう。

突然の遭難、そして極限状態との戦いの日々

嵐に遭い、一人救命ボートに放り出されてしまったパイ。
…いえ、実は彼一人ではありませんでした。
救命ボートの中には、同じく海に投げ出されてしまった動物たちの生き残り、シマウマオランウータンハイエナ、そしてトラのリチャード・パーカーが残っていたのです。
しかし、シマウマとオランウータンはハイエナに襲われ絶命し、そのハイエナもまたリチャード・パーカーに襲われてしまいます。

まさに弱肉強食
単純にネコ科動物の可愛さ目当てに観た私に大打撃を与えたシーンでした。
実際、「トラと少年の漂流記」というと小さいお子さんにも興味を持たれそうな題材でしょうが、本作はこのように(直接的な捕食シーンはさすがにぼかされているとはいえ)残酷なシーンもあるので、子供向けの作品ではないと思われます。親子でもし視聴される場合は注意が必要かと

そして、生き残ったパイは、救命ボートに残されていたサバイバル本を頼りに、そしてリチャード・パーカーとなんとかコミュニケーションを取りつつ、生き残るための孤独で先の見えない戦いに身を投じるのでした…。

大自然の雄大さ、そして残酷さをも感じさせられる映像描写

先にも述べたように、とにかくCGで描かれる大自然の描写と、動物たちの描写(特にトラのリチャード・パーカーの表現)が素晴らしいです。
映画のほとんどは海上で過ごすパイとリチャード・パーカーのシーンなのですが、ずっと海の上から動かないなんて退屈そうだな…などと思うようなことは一切ありませんでした。

悠々と海中を泳ぐ色とりどりの魚たち、大嵐の海、一転して夜の静けさと海面に照らされた夜空の美しさ…
目に映るもの全てが大迫力で、まさに大自然というものを感じさせられる圧倒的な映像美でした。
ただ美しい、だけでなく荒れ狂う海の描写やパイとリチャード・パーカーとの緊迫した距離感など、自然や生き物に対する畏怖心をも抱かせる素晴らしい描写だったと思われます。

個人的に特に印象に残っているのは、物語終盤で一時的に滞在する無人島の描写ですね。
昼は生きとし生けるものに安らかな恵みを与えてくれるが、ひとたび夜になると生命を脅かす危険な島へと変貌する。
自然の美しさと残酷さ、その両方を見事に表現されていたと思います。

ラストの「後日談」には全てをひっくり返す衝撃の事実が…

気が遠くなるほど、いや、正気を保てるのが困難になるほど長期間の漂流生活を経て、パイとリチャード・パーカーはメキシコの海岸になんとか漂着します。
そもそも、この物語は”大人になったパイ”が語り部なのですから、彼が無事に生還するということはとうに分かっていたことなんですよね。

それならば、ラストの「オチ」はどのようにつけるのだろうか。
やはり、リチャード・パーカーとの間に友情が芽生えた、というのが無難だろうか。

…いえ、そんなことはありませんでした。
ラスト20分、パイの口から語られる「もう一つの物語」は、それまでこの映画を観ていた観客、そしてこの映画を観る前から本作に「少年と動物の絆と冒険の物語」といったような一定のイメージを抱いていたであろう人々に衝撃を与える話だったのです。

以後、映画本編の重要なネタバレに関する感想を書きます。
本編視聴済みの方、ネタバレを見ても後悔しないという方のみご覧になって下さい。











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漂流生活を終えてからしばらく経った後、日本の保険調査員が船の沈没の原因をパイから聞き出そうと訪ねてきます。
しかし、「トラと漂流生活を共にしていた」という話は当然ながら彼らには受け入れられるものではありませんでした。

「誰もが信じられる本当の話をしてくれ」と言われたパイは、「本当の話」を語り始めます。

救命ボートには、動物たちなど乗っていなかった。

乗っていたのは、船のコック、仏教徒の青年、パイの母、そしてパイの四人だった。

仏教徒の船員は足を骨折しており、コックは彼の足を切り落とすようにパイと母に命じた。
そして、その足を魚のエサにした。

結局、彼は助からず、コックはその死体を食した。

コックとパイの母は言い合いになり、ついに母は錯乱したコックに殺害され、その死体はサメのエサになった。

業を煮やしたパイはコックを殺害し、そしてパイもその死体を…

…あまりにも衝撃的な「物語」でした。
パイ自身は、取材をしに来た小説家に対して「どちらの話を信じてもらても構わない」と言い、小説家も、そして当初は動物との話を信用していなかった保険調査員たちでさえも「動物との話」の方を取ったのですが、真実は恐らく「動物はいなかった」のでしょう。
そして、映画に出てきた動物たちと実際の人間たちを対応させると、仏教徒の船員はシマウマ母親はオランウータンコックはハイエナ、そしてトラのリチャード・パーカーはコックに激怒したパイ自身だったのでしょう。

思えば、漂流生活の描写は、不思議な島の描写も含めて「不自然なこと」だらけでした。
映像も非常に美しかったのですが、美しければ美しいほど、まるで「夢物語」のように感じられたというのも事実です。
ハイエナが猛攻をふるうまで姿を現さなかったリチャード・パーカーがなぜ「突然」現れたのか?ということも気になっていました。

人としてのパイは「理性的な」人格を、リチャード・パーカーは「パイの中に眠っていた動物的本能」的側面を現していたんですね。

映画序盤、パイの父はパイにこう言いました。
「お前はトラの目に映る自分の姿を見ているのだ」

…これは、すなわちリチャード・パーカーとパイが同一の存在であるという伏線だったんですね。
(他にも、リチャード・パーカーの「本来の名前」と、教会の神父がパイを呼んだ「ある一言」であったり、リチャード・パーカーの目線がカメラがいったん引いてもう一度アップになるとパイの目線になっていたりと、それらしい伏線は沢山ありました)

しかし、敬虔なヒンドゥー教徒でもあるパイは、ベジタリアンです。

食人というだけでも想像を絶するほど痛ましいことなのに、ましてや肉を食してはいけないとなれば、どれだけ葛藤し、苦しんでいたことでしょうか。
物語中盤、嵐の海の中でパイが神に祈りを捧げるシーンがあるのですが、パイと対照的にリチャード・パーカーは救命ボートの奥に隠れてしまいます。
パイの中の「動物的本能」は、神を恐れ、自分が犯してしまったことを受け入れることができなかったのでしょう。

そう考えると、パイが登場人物たちを「動物」にたとえて物語を創作していた理由がなんとなく理解できたような気がします。
そうでもしないと正気を保てなかったんですね…。

もちろん、パイのこの「もう一つの話」もまた、本当か作り話かどうかは分かりません。
生き証人はパイ本人しかいないのですから。
ただし、後述するこの作品のタイトルに隠された意味から推察するに、やはりこちらの話は悲しいことではあるが真実であったのではないかな…と私は考えています。
もちろん、人それぞれ色々な意見があるでしょうし、色々な解釈や考察を読むのも面白いですが。
(思えば映画冒頭のパイの語り口も、小説家からの質問に対して微妙にずれた答を返すなど、あれ?と思った箇所もあったというのも事実です。どちらの話も嘘、という解釈もありえなくもないですね)











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まとめ

「全て」が明かされてからこの作品のタイトル「ライフ・オブ・パイ」を振り返ると、あぁ、人生って割り切れないんだな、と思わされました。

そもそも、パイという愛称は無理数、円周率3,14…から取った名前です。
「パイという少年の人生」から転じて「人生とは無限大である」という、この作品のメッセージが隠されていたんですね…。
生物としての生命にはいつか終わりが来るけど、人生という名の旅に終わりはない、という。

私たちは、生きていく上で、宗教なり何なりどこか心の拠り所を求めながら生きています。
しかし、いざ生きるか死ぬかの極限状態になったとき、果たして「それ」は救いになるのでしょうか?

答は、「わからない」としか言わざるを得ません。
実際、パイが体験した壮絶な試練を思うと、神も仏もないんだな、としか思えませんでした。

それでも、人は、人として生きていくために、自分の中での心の拠り所、「支柱」になるべきものを探してあてどなく生きていくのでしょう。
割り切れない人生を。
果てのない人生を。

映像面の美しさや壮大さだけでなく、生きることとは?人生とは?そして「人間」とは?といった哲学的なメッセージも感じさせられる、「凄み」のある作品でした。


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